2019年もドラゴンズを応援する理由

ベンチで采配を振るうYODA監督withドアラ
Master Yoda
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球春真っ只中でございます

唐突ですが私は中日ドラゴンズが大好きです。

ドラゴンズファンです。

だから今日はダイエット記事はお休みして、ドラゴンズを語ります。

今年は新たな体制となり、与田新監督の就任、アマ球界のスーパースター根尾選手の獲得から始まったものの、藤島選手や、ここにきて松坂投手の右肩のアクシデントなど波乱万丈の幕開けとなりました。

ともあれ、連日のニュース番組にもプロ野球のキャンプ情報が差し込まれるようになると、見る側の私達もワクワクしてきます。

私は東海地方で生まれて東海地方で育ちました。実家は中日新聞を取っていなかったし、両親もプロ野球にあまり興味はなかったけれど、やはり、土地柄ドラゴンズ情報に触れる機会が多かったせいか当然のようにドラゴンズファンになりました。
進学を機に地元を離れてから、ずいぶん長くいろいろな土地で生活しましたが、ネットもない時代、情報不足のためか多少気持ちの離れることもあったものの、21世紀を迎える頃に地元に戻ることとなり、同時期にドラゴンズの快進撃が始まったことも相まって、むしろ少年時代以上にドラゴンズファンとなりました。

そんなドラゴンズも今は苦しいシーズンが続いています。

連続Bクラスは史上最長というけれど・・・

現在ドラゴンズは6年連続Bクラス。これは球団史上最長です。
たしかBクラスが3年続いた頃から「○年連続」Bクラスという言われ方を頻繁に聞くようになりました。たしかに、2リーグ分裂以降ドラゴンズは3年連続Bクラスが最長です。通算成績を見ても、2018年までの69年間でAクラスが47回、Bクラスが22回と圧倒的にAクラスにとどまっています。また、特筆すべきは2位の多さで24回。これはセリーグ最多です。歴史が長いこともありますが、同じように長い歴史を持つ阪神の18回と比べてもかなり多いです。

このことをもって、「実はかつてドラゴンズは強いチームだった」「優勝回数はジャイアンツに及ばないが、いつも善戦する強豪だった」という声を耳にします。

そして、現状を嘆く。

「昔は良かった」

そうか? ほんとにそうか?

ごめんなさい、ドラゴンズのファン歴は長いけれど、ドラゴンズが強いチームだったなんて印象はありません。
もちろん、強かったシーズンはありました。ところどころで強い時期はありました。
でも、ドラゴンズが常に強いチームであり続けていた記憶なんて脳みそひっくり返しても思い出せません。

少なくとも21世紀を迎えるまでは。

そういう人、多いんじゃないでしょうか。記録を引き合いに出されて「強かった」といわれても、
あれ、そうだったっけっていう人。

実際どうだったのか。
過去の成績を調べてみました。
これは数字のトリックです。

ドラゴンズは本当に強かったのか

成績を3つの期間に分けて考えます。

まずは2リーグ制スタートから、1973年までの24年間。

1973年がどんな年かおわかりでしょうか。この年は読売ジャイアンツがV9を達成した年です。と、同時に、ジャイアンツの1強時代が終りを告げる年となりました。
翌1974年、ジャイアンツのV10を阻止した我がドラゴンズが20年ぶり2度めの優勝を飾ります。その後、カープやスワローズの台頭もあり、セリーグは混戦の時代に入ります。

この間のドラゴンズの成績は

優勝1回/2位10回/3位9回/
4位1回/5位1回/6位2回。

Aクラス実に20回。Bクラスはわずか4回。

圧倒的Aクラス。2位と3位が多いのに優勝回数が1回なのは、そう、読売ジャイアンツがいたからです。この時代は最強のジャイアンツにドラゴンズとタイガースが挑む時代。

他の3球団はどうだったのか。カープ、スワローズ、ホエールズ(現ベイスターズ)は。

この3球団、ともに創設年度は1950年です。2リーグ分裂にときを同じくしてセリーグに参入を果たしました。
もうお分かりですね。
この1950年から1973年までの24年間は盤石の戦力を持つジャイアンツとそれを追うドラゴンズとタイガース、それに楽天イーグルスをそのまま3チーム分加えてペナントを争っていたような時代なのです。

この時代のAクラスに何の意味がありましょうか。Aクラスで当然なのです。
余談ですが、だからこそ、この時代のスワローズで300勝以上を上げたあの人はすごいのです。

次に、一度期間を飛ばします。先に2002年から2012年までの17年を見てみます。
最も現在に近い期間です。
若い世代の方たちの記憶にも強く残っているでしょう。今年入団したルーキーたちもこの時代のドラゴンズを見てきたことと思います。
2004年には落合監督が就任しペナント制覇。2年後の2006年も優勝し、さらに2007年にはクライマックスシリーズ・日本シリーズを勝ち抜き、ペナント2位ながら53年ぶりの日本一を勝ち取ります。
その後2011年まで続く、いわゆる「黄金時代」です。

その後の7年間は説明はいらないでしょう。今に至っています。

この時期に2002年と2003年の2年間を加えているのは個人的な見解からです。
優勝ラッシュが始まるのは2004年からですが、その礎を築いたのは山田監督時代の2年間だと思っています。それは落合監督の否定ではなく、山田監督時代に蓄えた素晴らしい資産を、さらに落合監督が素晴らしい手腕で昇華させた結果があの黄金時代だと思っています。
だから、この2年間だけは理不尽でもこの時代に入れたいのです。
でもここだけです。わがままは。

そして、この時代も分けて考えます。ちなみに

優勝4回/2位5回/3位2回/
4位2回/5位3回/6位1回

Aクラス11回。Bクラス6回。

そう、Bクラス6回はまさに今続いている6年連続Bクラス。つまり、それ以前は100%Aクラス。まさに黄金時代。
つまり、これも「特殊な時代」「例外的な時代」なのです。

後半の6年連続Bクラスの期間に関しては、「昔は強かった」の比較対象として取り沙汰されているわけなので、そもそも集計にいれる意味がありません。この期間と比較して「強かったのか」という検証をしている訳ですから。
じゃあ、実際に強かった黄金時代を分けて考えるのは何故なのか。現実に強かったではないか。
それを省くということは意図的に数字を歪めているではないか。

そうではありません。

「実際に、現実的に、圧倒的に強かった」から分けて考えるべきなのです。

この時代、本当に強かった。誰でも知っています。記憶に強烈に残っています。
ここで検証しているのは何か。
記録上2位が多い、Aクラスが多いと言われているが本当に強いチームだったのか?
そこを検証しています。2002年から2011年までのドラゴンズは本当に強いチームでした。誰からも異論はないでしょう。
誰からも異論のない明確なものに検証の必要などありません。
はっきりと結論が出ています。

「この時代のドラゴンズに関しては確実に強かった」のです。

だから、この時代を検証から分けるのです。

検証すべきは結論が曖昧な場合。強かったかどうかわからない部分を検証しています。
その結果どうなろうと、でもあの時代のドラゴンズは強かったね、それでいいのです。

さて、問題の期間です。

1974年から2001年までの28年間。

1974年は前にも書いたようにドラゴンズがジャイアンツのV10を阻止。20年ぶりの優勝を果たします。その後も1982年、1988年、そして1999年と計4回優勝しています。
この頃は、ドラゴンズが優勝すると政権交代が起きるなどというジンクスまで囁かれていました。ある意味、数年に1度優勝するドラゴンズを揶揄する噂話でもありました。
2019年の今、この時代のドラゴンズを経験した世代が最も多いのではないでしょうか。
私もその一人です。

この間の成績は

優勝4回/2位9回/3位3回/
4位2回/5位7回/6位3回

Aクラス16回。 Bクラス12回。

だんだん私の言わんとすることがわかって頂けたのではないでしょうか。

16勝12敗です。4勝3敗。8勝6敗。

勝ったり負けたり。

強くないのです。とうか、強いときと弱いときがはっきりしていたのです。

私の記憶としては、まさにこんな感じです。実際に数字を見て納得しました。
持っていた印象、そのとおりですもの。

ちなみに順位を並べてみます。

-1-2--3--3-
-1--2--2
-1-3--2--2-2
-2--2-1-2-

視覚的にさらにわかりやすくなりました。
やはり勝ったり負けたり。連続していないだけで勝ったり負けたり。
このドラゴンズを見ていたのです。
強かった印象などあろうはずがありません。
例えば大相撲で8勝7敗の力士を「強い」とは言わないでしょう。

今年のドラゴンズはどうだろう。強いバージョンかな?弱いバージョンかな?

そんな思いで毎年シーズン開幕を迎えていました。
とにかく、強いシーズンと弱いシーズンを交互に繰り返すイメージ。

この時代の、はっきりと覚えている記憶があります。
ある、ドラゴンズが優勝した年の暮れのことでした。
帰省の折、駅でタクシーを拾って乗り込むと、私が帰省客だと知った運転手は早速ドラゴンズ優勝の話題を振ってきました。話を聞いていると運転手もかなり年季の入ったドラゴンズファンのようでしたが、流れの中で私が
「来年も優勝してほしいですよね」
というようなことを言ったあとの彼の返事はとても悲しいものでした。

「無理無理。ありえない。まあ、4、5ねんおきに優勝してくれればいいや」

地元のタクシードライバーのこれが当時の認識です。聞いた私の感想も、「まあそうだよな」

勝ったり負けたりを繰り返しながら、数年に1回、政権交代とともに訪れる優勝を待ちわびる。それが当時のドラゴンズファンの楽しみ方だったのです。

黄金時代

今、2000年代のドラゴンズを振り返る時に使われる言葉「黄金時代」

これはかつてのドラゴンズには、少なくとも20世紀のドラゴンズには無い言葉でした。

黄金時代とは強い時代が続く時代です。
かつてこの言葉の使用を許されていたのは、まずは当然ジャイアンツ。ホークス。ブレーブス。
そして、80年代のカープ、ライオンズ、90年代に入ってスワローズ。
オリオンズやベイスターズにはもちろんないけれど、前述のように勝ったり負けたりを繰り返していたドラゴンズにも黄金時代はありませんでした。

問題の時代、特に80年代からはライオンズが確固たる黄金時代を築いていました。この時期だけで5連覇を含む13度のパリーグ優勝。8度の日本一。その間ドラゴンズも日本シリーズで2度対戦し、敗れています。
やっとのことで何年かぶりのシリーズ出場を喜んでいたドラゴンズファンの喜びを、毎年のように、というか実際に毎年シリーズに出ていたスター軍団はあっさりと粉砕していきました。
悔しい、悲しいというよりは、諦めの心境。唖然。羨望。

裕福な家の子供のおもちゃをうらやましがる子供のごとく、あんなおもちゃが欲しいなと思うがごとく、でもきっと、それは叶えられないのだろうなと思いながら、ライオンズを眩しそうに眺めながら、ドラゴンズファンは過ごしていたのです。

しかし、唐突にその時は訪れました。

ある日突然、サンタクロースがやって来て、前から欲しかったけど、ずっと欲しかったけど、いつのまにかそのことすら忘れかけいたプレゼントを扉の前に置いていきました。

ドラゴンズの黄金時代。

本当に強いドラゴンズ。

始めは戸惑いさえありました。少なくとも私はありました。

2004年の優勝はすんなり受け入れられた。5年ぶりだったから。ちょっと早めだけどそろそろかなという頃だったから。
でも2006年はものすごい違和感。不思議な感じがした。

「え? もう優勝するの? 優勝ってそんなにしてもいいの? あいだ空けなくていいの?」

ふざけていません。本当にそんな感じがしたのです。慣れぬ強豪感。そして2007年の日本一を見る頃には受け入れ体制が整います。ああ、ドラゴンズは強いんだ。我々は強いチームのファンなのだ。

人から「どこのファンなの?」と聞かれた時、すました顔で「ドラゴンズ」と答えた後に、得意げにほくそ笑んでもいいのだ。「どうだ、君も欲しいだろう」と他球団のファンを見下してもいいのだ。

いや、見下してはだめだけど。

最後の連覇に至っては、すっかり体が慣れています。
連覇? そりゃするよね。強いからね。ドラゴンズは。

楽しかったなあ。嬉しかったなあ、あの頃。

特に個人的に、あまり良いことがなかった時期だったからほんとにプロ野球を見るのが楽しかった。しかし、だからこそ、この今の現状はファンにとっては長く辛く感じてしまうのでしょう。

だからこそ、ファンの出来ること~詩的分析

でも、思い出しましょう。

もともと、持ってなかったでしょ。そのおもちゃ。
以前よりもちょっと汚れてしまっているけれど、今手元にあるのは前から持っていたおもちゃ。
長く、子供の頃から楽しんだ、馴染みの深いおもちゃ。

強かったり弱かったり、嬉しかったり腹が立ったりするけれど。
楽しかったときも、悲しかったときもずっとそばにあったおもちゃ。

大切にしていればきっと、いつかまたサンタクロースがやって来ます。
だから、いい子で待っていましょう。以前と同じように。

いや、でも以前とは違うことがあります。
それは黄金時代の思い出。

ドラゴンズは強かったいう記憶。そしてまた、強くなれるという確信。
強いドラゴンズを見せてくれた感謝。
楽しい思い出を作ってくれた感謝。

だから、これからも、どんなときもドラゴンズを私達は応援するのです。

たくさんの愛情と、ありったけの寛容と、ほんのちょっとの叱責を持って、2019年もファンであり続けるのです。

間違ってもレジェンドの右腕を引っ張ったりしてはいけません。

すっかり長くなりました。今までのどのダイエット記事よりも長くなりました。
いっそドラゴンズブログにしてしまおうか。

最後に、「ネオ」といえば「マトリックス」なわけですが、ネオと根尾選手を結びつけるような動きが魑魅魍魎が跋扈するネットですらあまり現れないのは何故だろうと思ったら、なんとマトリックスの第1作は1999年だったのですね。根尾選手は生まれてすらいない。
ちょっと前のことだと思っていたので困惑です。

根尾inマトリックス
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