第10話 凪の2ヶ月

おだやかな海

手術が決まったとはいえ2ヶ月後のこと。まだちょっと先です。それまでは何よりも体調を崩さないようにしなければ。といっても特に何かを意識していたわけではないけれど。

コロナワクチン

心臓血管外科の受診よりも前に、自治体に新型コロナワクチンの基礎疾患枠での接種希望の受付は済ませていました。

ワクチン接種は手術の前の方がよいのか、あとの方が良いのかわからなかったのですが、受付締め切り日の関係上診察を待ってからだと間に合わなかったからです。手術後の接種の場合は接種券をとっておけば良い話なので。

結局前回の受診で手術前の接種のほうが良いとのお墨付きを頂いたので入院までにすべてのスケジュールを終えてしまいたいところです。

受診日の翌週、接種券が届きました。予約はさらに次の週からです。接種時期が後ろにずれ込んでしまうといけないので、月曜の9時前にPCの前に張り付きました。

人口数万人の田舎都市ではあったけれど、後期高齢者である母の予約を代行して行った際には、受付開始1時間後ですでに最初の1週間は埋まっていたし、PCやスマホを扱えない人たちは中々予約を取れないようでもありました。市役所には電話や直接の苦情が殺到して、接種会場となる施設には「予約は受け付けていません」という大きな張り紙が貼られるという、おそらく全国で見られた光景がここにもありました。

ところがスタートダッシュのパニックが治まったからでしょうか、受付開始後すぐだったからでしょうか、あっさりと初日の予約が取れました。1回目は6月18日です。1回目の接種時にほぼ自動的に3週間後の2回目予約をする形になっていましたので2回目は7月9日です。重症化を防ぐための十分な抗体ができるのに3週間が必要と言われていましたから、その時期は7月30日。入院日8月3日に滑り込みセーフです。

とりあえずコロナに備えるための体の準備は整いました。

出戻り診察室

この2ヶ月間に、2度ほど病院に行くことがありました。といってもそのうち1度は歯医者です。第7話で紹介したように、手術の前に歯のチェックが必要なためです。

そしてもうひとつは、今までだいたい2ヶ月に1回ほどのペースで通院していた病院です。個人のクリニックではなく総合病院の内科です。

通院するようになったきっかけは風邪でした。咳はそれほどでもなく熱もなかったのですが、喉が激しく痛みました。普段ならそれくらいでは病院へは行かない私でしたが、当時は免疫力が決して強くない父と同居していましたので、昨今のコロナではないですが移してはいけないと急いで病院へ行きました。

その診察時に私の血圧が異常に高いことが発覚、長らく健康診断を受けていなかったので血圧測定もしていませんでしたが、軽く200オーバー。デジタル血圧計では測定できず、さらに看護師さんが聴診器を当てる昔ながらの方法でやっても測定できず、多分このくらいでしょうと見当で出した数字が220~230だったのです。

その時は体重が軽く100kgを超えていましたから、ちょっとこれでは危ないということで、降圧剤をどっさりと処方。以後、定期的に通院して高血圧とついでに高脂血症の治療に当たることになりました。

時は流れ、私もダイエットを続けて血圧もかなり落ち着き、弁膜症手術の前は降圧剤の「オルメサルタン」を朝1錠のむだけ。その状態でだいたい上が130下が90くらいでした。高脂血症もなくなり、あとは痛風予防のための薬だけ。こうなってくると通院も惰性的になり、ただ処方箋を貰いに行くだけのような状況になってきていました。その中での今回の病気発見です。

見つからなかった弁膜症

いつから通っていたのかなと調べたところ2015年からでした。もう6年です。検査結果を全部ファイルしてあったので確認できました。6年です。申し訳ないことに医療費もかなり使っていますよね。

実はその間、具合がちょっと悪いぞ、というときもあったのです。

前回書いたように採血後に血圧が低下して吐き気がして動けなくなることもありました。

また、今回改めて検査結果をみて気がついたのですが、2015年にはBNPの値が115となっていました。BNPというのは簡単に言いますと、心臓から分泌されるホルモンで、この数値は心不全の診断などに使われます。115という数字は心不全の疑いがある数値です。私は既にこの10年ほど前の健康診断の時点で心電図の異常と心肥大を指摘されているくらいなのでこの数字は不思議でも何でもないのですが、このとき、なにか特別な検査を追加した覚えはありません。

また、それとは別に心電図やCT、胸部レントゲンを撮ったときもありました。それはCPKの値が急激に上がったときです。CPK(クレアチンキナーゼ)というのは筋肉に障害があった時に血中に増えてくる酵素で、ひどい筋肉痛などでも高値になる場合があります。ただ、場合によっては心筋炎や心筋梗塞の疑いもあるそうです。

たしかその時はまだトレーニングもしておらず、筋肉痛になるような原因もない。稀に副作用が疑われる薬を飲んでいたこともあって上記検査をしましたが、結果は異常なしとなりました。

また、この長い通院期間の中で、当然胸の音は聴診器で聞いていますが、弁膜症は今の今まで分かりませんでした。もちろん、本当に最近まで、今年の春まで私の心臓に異常がなかった可能性も0ではありませんが、ちょっと考えにくいことです。

結局今までの通院って何だったんだろうかと、ちょっと思うところはないではないです。

「ないではないです」という曖昧な言い方になってしまうのは、決して不満だったり恨んでいるということではないからです。そもそも心臓を診てもらうために通っていたわけではないですから。

ただ、何故分からなかったのだろうかという疑問。何とかならなかったのか?だって、他にもそういう人が、まさに今通院している人の中にもいるかも知れない。同じ様なケースがあるかもしれない。この病院に限らずとも。

この内科の専門はいわゆる生活習慣病の予防で、主に糖尿病になる可能性のある人やすでに糖尿病の患者がほとんどのようです。何故私がそこに通っていたのかといえば、最初の時点で超肥満体、高血圧、高脂血症、高尿酸値だったこともあり、その時に診てくれた先生にそのまま診続けてもらっていたからです。

また、毎回通院時には私だけが圧倒的に若く(それでもアラフィフですが)、他はほぼ高齢者でした。それ故もあるのでしょうか、毎回診察時間が予約時間を大幅に遅れ、何を話しているのだろうというくらいに一組ずつの診察時間が長い。それに比べて私の診察時間はほぼ5分以内。血液検査の結果を確認して処方箋を出し、次回の予約をして終了。

ちょっと愚痴めいてきましたか?そんなつもりもないのですが。

ただ、この3年間について言えば、ダイエットを進めていたこともあって順調に体重とともに血液検査の結果も良化、見た目には健康に向かっていると判断されてしまったのでしょう。他の患者と比べて自分の診察時間が圧倒的に短いこともあって、自分は優等生であると勘違いしてしまった自分もいたのです。体重が減るたび、「頑張ってますね」と言われて調子に乗ってました。

心電図と聴診器

意味の違う通院

その病院に紹介状を書いてもらった結果が弁膜症の発見というのも皮肉なものですが、その病院の通院日がこの2ヶ月間のうちに挟まれていました。

診察室へ入ると先生は開口一番「大変なことになりましたね」

字面だと他人事っぽいですが、決してそんな感じではなくてむしろすごく心配してくれている様子は伝わってきます。何か申し訳無さのようなものまで感じ取れました。

そして、

「胸の音聴かせてもらってもいいですか?」

断る理由もないので聴いてもらいましたが、それについてのコメントは特に無かったです。私の方から「心雑音、ありますか?」とか尋ねるのもおかしな気がしたので、その先生がその時心雑音を確認できたのかどうかなんか今でも分かりません。だから、以前の聴診時にたまたま見過ごしたのか、あるいは見逃したのか、そもそも心雑音に気が付かなかったのか、それも分かりません。

専門性云々という話をしてしまえば、今回の弁膜症の発見は専門外の脳神経内科医の聴診きっかけですから、そこに原因を探してしまうのもきっと違うのでしょう。

その辺り医療スタッフ側の問題点は我々にはよく分からないので医療スタッフ側の人たちに頑張ってもらうとして、やはり我々患者側もよく学び、良く考えなければならないなと思います。もちろん患者側は国家試験のような物差しがないので、人によって物凄いスキルの差があるのでしょうけれど。

この記事、書いていてよくまとまらなくなってきました。多分読みづらいだろうなと思って書いています。実はこの病院についても書いていいものかどうか迷ってもいるのです。何度も消しては書いています。その分かりにくさも含めて今回の問題点が伝わるかもしれないので、いっそこのままにしておきます。

次のテーマいきましょう。

祝!ダイエット完走

弁膜症だなんだと騒いでいる間もまだダイエット中でした。知ってますか?このブログはそもそもダイエットブログなのですよ。

そのダイエットもゴール直前、佳境に入るところでこんな事になってしまったのです。

しかし、ゴール直前で激しい運動を封じられるというハンデを乗り越えて、2021年6月18日に見事完走を果たしました。

当日のTwitterでも書いていますが、これで心置きなく「体力のみ」を考えて生活できるようになりました。手術時は太りすぎも痩せすぎも良くないですが、無理に減量して体力を落としてしまっては駄目ですからね。1ヶ月以上前に減量を終えることが出来てよかったです。

私の身長だと理想のBMIにするにははもう少し軽くて62kgくらいなのですが、標準より若干筋肉多めでもあり、手術前の体調を考えてこの後体重67kg、体脂肪率14%台のキープに努めました。

入院時、うっかり68kg台に乗ってしまいましたが、まずまずの体の状態で手術に望むことが出来ました。

直前の準備

歯の掃除

入院の1週間前にはいつも通っている歯科医院へ出向いて、口腔内のチェックと術前クリーニング、歯石取りですね、これをしてもらいました。前回の通院時に手術をする病院で書いてもらった診療情報提供書を持参して病気のこと、入院・手術のことを伝えてあります。

「今日はいつもより少し長くなりますね」と言われて席に座ります。

丁寧にくまなく掃除するということなのでしょう。

興味が抑えられなかったのでしょうか、歯石を取りながら歯科衛生士のお姉さんが、いろいろと心臓の手術について質問をしてきます。いえ、医療と関係ある感じではなく。何か興味本位的な。世間話的な。

こっちは大口開いて削ってもらっている最中なので、「アグ、アグ」としか応えられません。

気づいたお姉さんは度々手を止めるのですが、ちゃんと進めて下さい、いつもより長いんでしょ。

心臓の手術というのは珍しいのかなあ、やっぱり「日常」ではないのだなあと感じた出来事なのでした。

ここでも処置室を出る時に「頑張ってくださいね」と声をかけられます。「いや私は寝てるだけです」とも思いながらも嬉しいものです。

精算の時のルーチンで次回の予約日を聞かれましたが、手術後の予定がさっぱり分からなかったので、「無事に帰ってこれたらこちらからお電話します」と告げて医院を出ました。

コロナの検体

歯医者の2日後、手術する病院へ行かなければいけません。診察ではありません。PCR検査をするために検体を病院へ提出しに行きます。そうです、コロナ対策です。

病院から渡されたプラスチック製の容器(百均のタッパーのようなもの)に自分の唾液を少量とってからきちんと蓋をして、さらにビニール袋で2重に包みます。これをただ病院の所定の位置に置いてある回収箱に入れてくるだけです。

検査のたびに、こういう他人の唾液とか小便とかを検査するのって大変な仕事だなと思います。検体にに青のりとか入っている人絶対いるだろうな。

必ず午前中に提出してくださいと言われたので10時頃持っていきました。箱に入れておしまいですが、せっかく病院まで来たので、もう一つ用事を済ませようと思います。

(多分)苦情の多いサポートショップ

入院説明の時に寝間着のレンタルの話があり、その説明書きも頂きました。このシステムがちょっと分かりづらかったのです。

入院説明の回で、私が父の入院にしょっちゅう付き添っていたので入院慣れしているという話を書きましたが、その病院は入院時、あるいは入院中でも申込用紙に記入して病棟のスタッフに渡せば、後は業者が病室に寝間着を定期的に届けてくれるというものでした。精算も入院費との合算です。

ところが今度の病院では、寝間着のレンタルは患者が直接院内のサポートショップに行って申し込むことになっているようです。しかも申込時に、部屋番号を伝える事になっています。当然入院するまでは部屋番号など分かりませんから、それでは当日入院した後じゃないと申し込みできません。入院後、わざわざ店まで出向いて申し込むということなのか?この辺不便さを感じるとともに、よく分からなかったのです。

そこで、病院に来たついでにお店に直接出向いて確認しようと考えました。

サポートショップはその他クリーニングや、店頭を覗いたところ車椅子や杖なども扱っているようでした。売っているのかレンタルなのかは知りません。

お店の端のデスクのようなところで1人の男性が端末を操作して何やらしています。

「すみません、レンタルの件で…」と話しかけたところ、こちらを一瞥もせず私の言葉を遮って「申込みですか?」とダルそうな声で聞いてきた時に嫌な予感はしました。

「いえ、確認したいんですが、これは部屋が決まってからじゃないと申し込めないんですか?」と単純に疑問に思っていたことを告げました。

店員は首を動かさず、目線だけで一瞬こちらを見ると、

「それはそうですよね。部屋が決まってから来て下さい(↑語尾上がる)」

は?なんだこいつ。呆然としばし固まっていると、今度は手を止めてしっかりと首ごと視線をこちらに向けて気持ち悪い笑みをたたえた後、

「部屋分かんないと届けられないですよね?」

何度もいうが入院する前に部屋番号などわからない。すべての患者が元気に自分の足で歩いて病棟に来るとでも思っているのだろうか。しかも私は入院2日目にはICUに移ることは決まっています。ICUを出た後は病室も変わります。結果的に私は入院中、ICUも含めれば3回病室を移動し、4つの病室で過ごしました。その都度申し込みに来るのか?それともその時は病棟から連絡が行くのか?その辺りも確認したかったのだけれども、この秋元康を油で揚げたような風貌の店員は相手にしてくれないようでした。

もうここで話すことはないなと判断して、その足で院内の売店に向かい、ICUで必要なガーゼ寝間着を1枚買いました。サイズが大きめの1サイズしか在庫がなく値段も4千円しましたが、入院後、ナーバスな手術を前にあのフライド秋元康の相手をもう一度する気にはなりませんでした。寝間着はレンタルしないで全部自前で行こうと決めました。

一般病棟に移ってからの寝間着は普段使っている甚平を持っていくことにしました。それなら前開きだし、レンタルの寝間着と形状もほぼ同じだし。

看護師たちの憂鬱

ーーーーーーーーーーーー後日、 入院日のこと、看護師さんと翌日入る予定のICUに持っていく荷物をチェックしているときでした。私の新品のガーゼ寝間着を見た看護師さんが「買われたんですか?」と聞いてきました。その日の顛末を細かく語るのも面倒くさかったので、一つだけ、

「あの店員ともう一回話す気にならなかったので」

とだけ答えました。

するとどうでしょう。その看護師さんは長年探し求めた愛好家の少ない趣味仲間を見つけたように興奮し、言葉にならない声を出しながら立てた人差し指を私に向けて上下にブンブンと振り始めたのです。

何事かと驚いていると、声帯の安全装置がやっと外れたようで病室だということを忘れたように大きく

「それーーーーーっ!」と声を上げました。

「はい?」と戸惑っている私に、

「それ言ってくださいよーーーーーーーーっ!!!!」

更に続けて、

「ホントにね、私達じゃ言えないんですよーーーーーー!!大西さん、それ是非言ってくださいよーーーー!!!!」

理解できました。

どうやらあの秋元康の唐揚げには患者からの苦情が耐えないようだ。その苦情は方向を間違えて病棟のスタッフたちに向けられてしまっているらしい。それなら従業員として発言すれば良さそうなものであるけれど、そこには現場にしか分からないパワーバランス的なものもあるのでしょう。私も長く会社員をやったので分かります。だから、消費者側、患者の私が病院に苦情を言って欲しいということのようです。

なにしろそれに加えてどう考えても理不尽で不合理と思えるあのレンタルシステム。どう考えたって一旦病棟で取りまとめたほうが便利に決まっている。意味がわからない。

ただ、この後入院時に他の入院患者用にレンタル寝間着を届けに来たスタッフはとても感じの良い人だったので、全員が問題あるわけでもなさそうでした。あの秋元康フライ定食だけなのかもしれない。

看護師さんの興奮は止まらないようです。

「5時にしまっちゃうんですよーーーーー信じられないっ!!!」

ごめんなさい、そこはちょっと分からない。

買ったガーゼ寝間着は洗濯して大事に保管してあります。もう一回はない方がよいけれど、これから年老いていく過程で使う機会もあるでしょう。

とりあえず、あの日以来あの秋元康の天ぷらとは顔を合わせなかったのが幸いです。

戦闘服を作る

最後はだいぶ弁膜症の話とズレてきました。ズレついでにくだらない話もひとつ。

心臓手術ともなると一大イベントです。イベントと言ったらユニフォームだよな、Tシャツだよな、Tシャツ作ろ。

そんな連想ゲームから、入院日に来ていくつもりでTシャツを作ってしまいました。

心臓がおっきくなっちゃったTシャツ

ところがいざ当日しげしげと眺めていたら、ちょっとふざけすぎてないかとビビってしまいました。医療スタッフの心象を悪くしたら嫌だなあって。何しろ心臓をいじられるわけなので、余計なことはしないほうがいい。

それに、病院にはいろいろな方がいるだろうし、ふざけてる場合じゃない人もいっぱいいるだろうし、いや、私もふざけてる場合じゃないのだけれど。

荷物には入れていったのですが、結局入院中は使いませんでした。いま普段使いしています。

さて、すべての準備は終わりました。

あとは当日病院に行くだけです。さすがにソワソワとした感じは募ってきましたが、不安や心配といった感情は驚くほどありませんでした。不思議なものです。