第8話 ググリナイト・セカンド

キーボードと虫眼鏡

検索しまくりの夜

入院、手術の日程が決まって病院から帰ると、その晩はPCに向かって検索窓に文字を打ち込みまくります。

「僧帽弁閉鎖不全症」「心臓弁膜症」「治療法」「手術」「死亡率」「MICS」「入院」などなど。

そして、今回の病院の名前、医師の名前。

あまり多くを求めなかった私が原因でもあるのですが、診察時に得られた情報の少なさを、自宅で、ネットで補うという現代っ子的な行為。昭和のおじさんなのに。

ただ、これまで得られた情報以上のことなんて何も出ないのです。それまでにも散々調べていますから。

結局今回の手術が今後の人生のためにも、おそらくベストであろうこともPCの画面から伝わってきます。

病気と確率

そして、死亡率0.5%という数字。

ネットで改めて調べても、やはり1%~2%という数字が出てきます。医師が私に示したのは0.5という数字。この数字は他の難易度の高い手術と比べたらかなり低い数字なのでしょう。

200人に1人。これをどう取るか。

200人に1人しか死なない、と取るのか、200人に1人死んでしまう、と取るのか。

少子化の今、学校にどれくらいの生徒がいるのかよく知りませんが、私の世代だとこの数字は1学年に1人や2人は死んでしまう計算になります。これはすごい数字ですよね。

ジャンボ宝くじの6等3千円が当たる確率が1%らしいです。3万円買って3千円。これは損してますよね。でもそれが1%の確率で3万円が当たるなら?さらに30万円が当たるなら。きっと飛ぶように売れるでしょうね。でも、そのくじを買うと0.5%で死んでしまうとしたら?きっとそんな物買う人はいないでしょう。

でも今回の宝くじは買わないと何%かの確率で突然死んでしまう場合もあるのです。その確率はハッキリとは分かりません。それにあくまで確率ですから死なないかもしれない。そんな宝くじなのです。

結局大雑把な事を言ってしまえば、当たる人は当たるし、当たらない人は当たらない。それに尽きるんです。

私の父は20%程の死亡率と言われた急性大動脈解離の手術を生き残りましたが、10%の確率と言われた下肢麻痺になりました。その十数年後、心臓カテーテル検査の際に、1%の確率と言われた脳梗塞を起こして言葉を自由に使うことができなくなりました。

確率とはそういうものなのでしょう。

安全性や危険性の数字が担保されるわけではありません。あくまでも選択する上での参考資料になるだけです。

しかも全体の数字ですから、それを行う環境、人、いろいろなものでその数字は大きく変わりますからね。

0や100にはなりませんが限りなくそれに近づくこともあるのでしょう。

思いがけぬ幸運

そんな意味では、この夜の情報収集で私にとってはとても良い情報が得られました。

調べていくうち、今回私の治療にあたってくれる先生が名医であるらしいということが分かってきました。特に弁膜症治療においては、その実績のみならず、治療法の研究や後進の育成において尽力されている方らしい。

加えて、今回私が受ける手術の方法、開胸せずに胸の横から小さな穴を開けて行う「MICS手術」の実績も十分であるということもわかりました。

腕組みをする医者

ラッキーです。

たまたま近くに住んでいただけなのにラッキーです。

なんか変なことをいっぱい書いてごめんなさいです。でもやっぱりあんまり喋らないけど。

その後もいろいろと検索窓に入力してはクリックしてを繰り返しましたが、特に新しい情報などもなし。

もっとも、この夜のネットサーフィンは情報収集というよりも、何か安心できる材料を探すためだけだったとも言えるので、主治医やそのチームが優秀なものであるということが分かっただけでも儲けものでした。

察しが良いのも程々に

初めて行った心臓血管外科の診察室。

その日のうちに手術の日程が決まり、入院の予約手続きまで進んでしまった。しまったというのもおかしな言い回しですね。悪いことではないですから。

まだ2ヶ月も先というのもあるのでしょうが、しっかりと消化しきれていない感覚がありました。この病気が見つかって以来、一つ一つ噛み締めずに物事が進んだ感覚です。あっという間に。

それがおそらくベストの選択なのであろうことは分かっているのですが、そこまでにしっかりと会話や検討がされたのかというと、決してそうではなかったことも確かなのです。

僧帽弁に異常があることが分かった時点で、「はい、では弁膜症の方はこちらへどうぞー」と言われて、行き先も聞かずに手術行きの直行便に乗ったような。いや、行き先は病気の治療だというのは分かっているのだけれど。

ここまでさんざん書いてきましたが、この日に至るまでの間に「どのように治療するのか」「手術をするのか、しないのか」という会話は一切していません。「0」です。状態がかなり悪いということではあったのですが、手術日が2ヶ月後に設定されたことから見ると極めて緊急であるともいい難い状況です。温存や経過観察という選択肢はおそらくありえないものなのでしょうが、やはり私は患者として「選択」という手続きを踏むべきだったのではないか。

私が今回したのは「選択」ではなく「承諾」だけなのですから。

それが不満かと問われれば、一切不満はないのです。病院に気を使っているのではありません。本当に不満はないのです。

強いて言えば不満はなかったのですが、不安はありました。言葉遊びじゃないですが。

おそらく、私が疑問を投げかければ病院も医師もそれに答えてくれたでしょう。でも私はそれをしなかった。物事を受け入れてしまいやすい、消化が早いという元々の性格もあるのでしょう。いろいろな話を聞いた結果、先回りして結論を出してしまいがちという悪癖のせいもあるでしょう。

加えて、上で書いた父の病気の影響もあったような気がします。父は始まりの大動脈解離から始まって最後は病気のデパートみたいになっていました。それをそばでずっと見てきたために、病院や病気に対してのある種一般的な抵抗感のようなものが希薄になっていた側面もあると思うのです。

「病気ってそんなものだろうな」

「抗ってもしょうがない」

そんな気持ち。

結果的に、今私は元気です。もちろん、これを書いている時点ではまだ術後2ヶ月ですから、体の不具合はまだまだ感じています。ですが、手術は成功し、今後の心臓の状態もおそらく良くなっていくでしょう。

それでも、やはり、もしこれを弁膜症疑いの方が読んでいるのであれば、もっときちんと、じっくりと会話をして治療法の選択をして欲しいと思います。

後悔のないように。