第12話 その日の前の日 後編

ハートを差し出す手

聞くべし

「説明をするのでナースステーションまで来てもらえますか?」

何度も言いますが、こういうのが質問系なのは何故なんでしょう。「嫌です」っていったらどうするのでしょうか。もちろんそんな事は言わないので素直にナースステーションへ向かいます。

待っていたのは明日の手術で助手を努めてくださる外科医の方。執刀してもらう主治医の先生はどこかストイックな職人風の雰囲気でしたが、この方はぜんぜん違うタイプ。大学時代は勉強と実習の傍らラグビーをしていましたっ!という感じの方。勝手なイメージなのでラグビーしてたかどうかは知りません。そんなの聞きませんし。

パソコンの前に座って、画面と説明用の書類を見ながら解説です。

明日のためにその1

弁膜症手術説明書(僧帽弁の各種病態)
実際に説明時に見せて使ったものです

僧帽弁閉鎖不全にもいろいろなタイプのものがあるらしいのですが、私の場合は「腱索」という、弁に繋がる糸のようなものが数本切れているとのことです。そのため、本来は弁が閉じた状態で留まらないといけない弁が、反対側に文字通り糸の切れた凧みたいにビロンビロンと暴れてしまい、あってはならない隙間を作ってしまっている。加えて弁の周りが広がってしまっているため、出来た隙間から通り抜けたはずの血液が大量に戻ってしまってるとのこと。

「この数字あるでしょ?」

指差す先の画面に「144」と表示されています。何を表す数字なのか単位が何なのか分かりません。

「この数字、普通50とか60を超えると手術したほうがいいんだけど、大西さんのはもう遥かに超えちゃってるもんね」ああ、そうですか。そうなんですか。このとき初めて、具体的な数字で持って私の病気の「程度」を把握しました。50を超えると手術のところを144ですか。ああ、そうですか。

後日、退院後に改めて調べてみたところ、日本超音波医学会のサイトにこのような表記を見つけました。

像法弁逆流重症度の分類 日本超音波医学会

このときの先生の話に当てはまるのは「逆流量」でしょうかね。逆流率だと100を超えるのはおかしいですものね。きちんと聞いておけばよかった。いずれにせよ、とんでもない数字だということは分かりました。

「これが逆流してる様子」

この画面は診察時にも見たことがあります。心エコー検査の画像。エコー画像は通常白黒画像ですが、血流の様子が分かりやすいように画像処理をされて血流の部分に色がついています。確かに、一旦通り抜けた血液がものすごい量戻ってしまっているのが分かります。ここまで状態が悪くなっているのに自覚症状が僅かというところが心臓の頑強さを感じると共にこの病気の怖いところなのかもしれません。

明日のためにその2

心臓弁膜症 手術説明・同意書

上のやはりバーコードの長い書類は説明時に使用したもので、同意書も兼ねたものです。

「僧帽弁閉鎖不全症」を治療するために、「僧帽弁の形成術」と「左心耳の切除」を行います。

僧帽弁の形成は、切れてしまった腱索の代わりに「人工腱索」というハイテク糸を変わりに縫い付けます。ゴアテックス社という人工繊維素材を作っている会社のもので、靴紐とかも作っているようですが、靴紐を心臓に縫い付けるわけではないです。

その後、広がってしまった弁を正常な大きさに戻し、尚且維持するために人工弁輪というハイテク輪っかを弁に縫い付けます。その形状に保つためです。輪っかと言ってもグルっと1周繋がっているわけではなくて、3/4くらいでしょうか。一部繋がっていない輪っかです。

実物が見たい方は「人工弁輪」で検索してみて下さい。ネット上にいっぱい転がっています。ただし、手術中など少しショッキングな映像も同時に出てきますので、耐性のない方は気をつけて下さい。

次のCGは私がBlenderでやっつけモデリングしたものです。雰囲気だけでもつかんで下さい。

僧帽弁と人工弁輪 by Blender3D

そして、左心耳切除。

心臓の左側についている余分な部品です。ネットから拾った知識だと、胎児の時にポンプの役割を果たしていたものらしいのですが、やがて他の部分に役目を取って代わられて必要のなくなったものということです。いらなくなってシワシワに縮んでしまったせいでしょうか、この部分にもっとも血栓が溜まりやすく、血栓がはがれて脳梗塞などになるのを防ぐためにも、この左心耳をちょん切ってしまおうということです。

逆流量からして弁膜症の進行具合は重症みたいなのですが、心機能低下の項目には「軽、中」に丸がしてあります。私の心臓がそれだけ頑張ってくれているのでしょう。ありがとうね。

これをこのまま放置した場合という項目には、心不全の進行、突然死、心房細動の慢性化、塞栓症の危険性。「突然死」なんて直接的な指摘はインパクトあります。どうしても自覚症状の薄い状態だと結びつきにくい「死」という概念ですが、改めて実感します。でも、ここにはありませんが個人的に一番怖いのは上にも書いた脳梗塞です。ポックリ行くのも望みませんが、どんな後遺症が残るか分からない脳梗塞が一番怖いなと、あくまでも私の感想です。これはこの十数年の経験で体に染み付いてしまった感覚なのでしょう。

明日のためにその3

手術は翌日午前9時15分開始。所要時間は3時間。切開方法はMICS(低侵襲手術)。

ただ、ごく低い確率で(1%)ですが、MICS手術が困難であると判断された場合は、胸を正面から開く胸骨正中切開に切り替えることがあるそうです。

説明の時に、こんな感じの体勢で手術しますよ的なイラストを、その辺にあった紙の裏側に描いてもらったんですが、さすがにそれは残っていません。

実際にMICS手術がどのような形で行われるのか分かりやすい画像がないのかを探してみたのですが、切開部分のアップが多く、全体が写っているものでも体にシーツがかけられているので体の様子を確認できません。フリー素材などもちろんあるはずもなく、試しに素材サイトAdobeStockの無料版で「MICS」と検索したところ、こんな画面になりました。

Adobe stock MICS検索結果

それはマイク。なるほど「microphone(mic)」の複数形と判断されました。同じく素材サイトのPixabayでも似たような結果に。さすがにいらすとやさんにもありませんでした。(それでも腹腔鏡手術のイラストがあったのはさすがいらすとや)

しょうがないのでまたBlenderで3Dイラストをやっつけてみました。こんな感じで行われます。

MICS手術 体勢 made by blender

右腕を頭上に上げた状態で手術です。乳首の下に1箇所、脇の下に2箇所、小さな穴を開けて中でゴソゴソします。今の自分の傷口を計ってみたら乳首の下が5cmほど、脇の下はもっと小さくて、どちらも2cmないくらいの傷です。

この他にも右脚の付け根の部分も少し切ります。ここも3~4cmくらいの傷でしょうか。ここは手術中に命を繋ぎ止めるための大事な部分です。人工心肺装置に繋ぎます。胸からつなぐのかと思いきや脚。大腿動脈と言うんですか?ここから管を入れて血液を外のポンプに繋ぎます。

心臓をいじっている間は心臓を止めなければなりませんが、血液が脳を始め全身に行き渡らないと大変なことになってしまうので、手術中は心臓の代わりを体の外にある機械が担います。この時は心臓には当然血液が行かないので、放っておくと心臓はだめになってしまいます。それを防ぐために、心臓を保護するための液体を注入します。

心臓っていうのはこのように一旦止めてしまっても、手術が終わって血液を戻して温めてあげれば再び動き出すんですって。凄いぞ心臓。

私は昭和40年代生まれでブラックジャック連載時リアルタイム読者世代です。ブラックジャックにも度々人工心肺装置が出てくるんですが、そのイメージが強くてやはり恐怖感あります。とても難しくて危ない手術。この世代の人、そういう人多いのではないでしょうか。どんどん人も機械も技術が進歩して、その頃よりも格段に安全で当たり前のものにはなっているとは思うのですが、さすがに一度心臓を止めるよと言われたら怖いですよね。言っても始まりませんが。

「じゃあ、動いたままやろっか?」て言われたら嫌だし。どうぞ止めて下さいって言うし。でも終わったら動かしてねって言うし。

明日のためにその4

そして輸血の説明。

今回の手術の場合MICSということもあって、輸血は多分行わないとのことでした。あるとすれば不測の事態があったとき。結果的に輸血は行いませんでした。ですから、このときも説明というよりは行った場合のリスクの説明です。第6話でも触れましたが、輸血に際してはもちろん細心の注意は払いますが、感染症などにかかるリスクはとても低いながらもありますよ、という話。

輸血・特定生物由来製品の使用に関する説明及び同意書

明日のためにその5

説明の最後はこちら、身体行動制限に関する説明です。

術後のせん妄(第11話参照)、あるいは痛みに耐えきれなかったり、人によってはただただ暴れん坊だったりと言った理由で危険な行為を行った場合は、身体を拘束しますけど許してねという書類です。危険な行為というのは体に入っている管を勝手に引き抜いてしまったり、安静なのに立ち上がろうとしたり暴れたりという行為です

その時はベッドに柵をつけますよ。手足を縛りますよ。簀巻きにしますよ。その時に擦り傷や痣が出来るかもしれませんよ。ストレスになりますよ。でも我慢してね、ということ。

これはもうしょうがないですよね。患者、医療関係者、ともに安全を確保するためです。どんどん縛って下さい。

説明は以上です。同意書に署名して終わりです。お礼を言って部屋に戻りました。

長くない夜

聞き忘れた質問

病室に戻ってきて一息つきました。この日は火曜日なので19時から中京テレビの「オモウマい店」を見て現実逃避です。もっとも現実逃避するほど先程の説明で疲弊したわけでも衝撃を受けたわけでもないのですが。

2ヶ月というのは病気について調べたり考えたりするには十分な時間でもあり、今回の説明にしても、特に新しい話を聞いたというよりは、予め情報を得ていたり予想していたことをきちんと確認できた時間という意味合いが大きかったように思います。

ただ、1個だけ、確認しようと思っていたことを聞くのを忘れてしまいました。

私の手術は僧帽弁の形成術。人工腱索と人工弁輪こそ使いますが、自分の弁を修復する手術です。

弁膜症の手術には形成術以外に「弁置換」という手術があります。自分の弁が修復できない場合に人工の弁と取り替える手術です。

この人工弁にも「機械弁」と「生体弁」の2種類あって、それぞれは性質の異なるものです。

チタンやカーボンなどの素材で作られる機械弁は、置換後に血栓ができやすくなるため、生涯に渡って血が固まりにくくなる薬を服用し続ける必要があります。ただ耐久性に優れ、半永久的に使用できるメリットがあります。

一方、牛や豚の生体組織から作られる「生体弁」は血栓が出来ない代わりに耐久性に欠け、10~20年の間に再手術で弁を交換しなければなりません。

どちらも一長一短です。

ですから弁置換を行う場合は、どちらの弁を使うのかを決めなければなりません。年齢が若い場合は耐久性を考えて機械弁を、高齢の場合は生体弁を使う傾向があるらしいのですが、上に上げたようなメリット・デメリットがあるので、最終的にその判断は患者の考えや生活スタイルによって変わります。

SNS等で先人の話をみていると、弁形成の場合でも、状態が悪く形成困難で弁置換に切り替えたとき、どちらの弁を使うかを尋ねられたとあるのですが、今回私には一切ありませんでした。

その辺りどうなっているのかを質問するつもりがすっかり忘れていました。呑気ですね。

その選択を迫られなかったのはその可能性がないからなのか?でも今まで1%や0.5%のリスクすらきちんと説明して同意書を取ってきたくらいです。治療において100-0はありえないと思うのです。

さあ、どうしようというところですが、結局どうもしませんでした。

まずそもそも選択を迫られたところで、自分自身がきちんと決断を下せていない。ずっと形成術前提で話が進んでいるのでそこまで頭が回っていません。それぞれの弁の特性にしたってどっちもどっちです。父は人工血管を入れていましたから死ぬまでワーファリンを服用していましたが、鼻血が止まらずに夜中に病院に駆け込んだことも1度や2度ではありません。この手の薬の扱いの難しさは知っています。かといって、短い場合に10年スパンで再手術をしなければならないのも当然負担が大きいです。

もともと外食時に注文を決めるのも遅い私は、今回は、もしももしも、万が一その様な事態になった場合は、もう医師側に下駄を預けようと決めました。決まらないんだから専門家のみなさんで良いと思う方を選択してもらいましょう。文句は言いません。後々後悔はするかもしれませんが文句は言いません。それでいいです。受け入れます。

それにこのタイミングまでその話が出ないということは、このケースではそういった事態が本当に100%ないか、あるいはあった場合のフォーマットが病院としてきちんと決まっているということでしょう。そういうことです。

心が満腹

オモウマい店を見終わってからはとくにすることもありません。普段からテレビはほとんど「ながら観」なのでテレビだけを集中して見るということがあまりない。緩下剤は食後に飲みましたが便意も訪れず。睡眠導入剤を飲むにはまだ早すぎるような気がしたので横になってスマホをいじります。

明日心臓を手術するというのに驚くほど落ち着いた夜でした。

むしろ普段よりも落ち着いていました。何か旅行先で羽根を伸ばしているような錯覚すら感じました。自宅以外で夜を過ごすのが久しぶりだからでしょうか。

ベッドの上でその日1日の事を思い返します。

いろいろな人がやって来て明日の手術の説明をしてくれました。もちろん説明だけでなく、その裏では実際に手術の準備に奔走していただいているのでしょう。明日になれば十数名の優秀な医療スタッフが私の心臓の手術をしてくれます。こんなしょうもない男にいろいろな人が仕事とは言え尽くしてくれてありがたいなあ、なんて幸せなんだろう。

大変まずいことに、この時点で私は満たされてしまいました。多幸感で満腹です。お腹いっぱいです。

何もまずいことなんかないではないかとお思いのあなた、それがそうでもないのです。

明日心臓の手術だというのに、このときの私は生きることへの執着心がほぼ無くなってしまっていたのです。

現状を見返してみても、この先特に頑張って守るようなものもない。母は兄弟がなんとかしてくれるだろう。ここ数年で父と祖母、2人を見送った事を思い返しても、苦痛もなく眠っている間に逝ってしまうのはむしろ幸せなのかもしれない。

実はこの時に限らずこの2ヶ月そんな傾向はありました。「サブスクは解約しといた方がいいのかな」「ハードディスクの中掃除しとかないと後で恥ずかしいな」とかいろいろ考えてました。身の回りのものを整理して色々と捨ててしまおうか、いやでも止めとこうか。無事に治療を終えて帰ってくる可能性の方が圧倒的に高いのに、そうではない方向の準備に思考が行きがちでした。ただし、後ろ向きな思考とはまた違う感覚で。むしろ前向きというか、開き直りというか、自分では割と冷静だったと思うんですがどうでしょう。

どうでしょうじゃないですね。

みんなが全力で私を救おうとしているのに当の本人がそんな気持ちなのは物凄い失礼で、不謹慎なことだと今改めて思いますが、その時はそんな風になってしまっていたのです。ここ数年、あんまり優しくされたことがなかったんで。

断っておきますが、現在の弁膜症の手術はそれほどまでに怖いものでもありません。もちろん100%の安全はどんな医療にもありえませんが、近いうちには日帰り手術さえ出来るのではないかというくらいに医療は進化しています。確率的には物凄い安全な手術です。そこは絶対に誤解しないで下さい。

このときの私の心理状態がちょっとおかしかっただけです。

21時になると病棟の消灯時間です。睡眠導入剤を飲みます。便意が全然来なかったですが、この後のことを考えると少しは出しておいたほうが良いだろうと考えて、トイレに行って少し無理気味に頑張りました。

後は眠るだけです。

このときの満たされた気持ちのせいでしょうか。あっという間に眠りにつきました。

タイトルとURLをコピーしました