シングルロケーションには本当にいろいろなパターンがあります。特に私がその仕事をしていたのは田舎の地方都市だったので、繁華街のお店、幹線道路沿いのお店、地元の小さなスーパーからはては観光地まで、バリエーションにとんでいました。
そんなひとつに、とある山奥の宿泊施設がありました。ペンションというやつです。
あのかまいたちの夜のペンションクヌルプのような感じの、小洒落た山小屋風のペンションです。
そのペンションの地下の4畳半ほどのプレイルームにゲーム機を置かせてもらっていました。
18インチモニターの小さな古いビデオゲーム筐体が2台です。
規模的にもそんなに人気の基板を回せるわけもなく、もともと多くて5~6組の宿泊客が遊ぶくらいの売上ですからそんなに多くはありません。そもそもリゾート地のペンションに泊まってわざわざビデオゲームに明け暮れるような人はカウンセリングが必要なんじゃないでしょうか。
加えて、温かい季節は良いのですがシーズンオフの冬になると売上はほとんどありません。お客さんがいないというか、そもそも営業していないことも多いので当然です。
そこで、このゲーム機を引き上げるという話が出てきました。
この業種では、不定期に古いゲーム機をまとめて処分することがあります。機械として劣化の激しいものや修理不能の故障品はもちろんのこと、もう売上が見込めないようなゲーム機、また、中古市場でも買い手がつかないようなゲーム機を処分するのです。ゴミとして捨ててしまうのです。もちろん専門の産廃業者に頼んでですよ。ゴミの日に出しませんよ。
このペンションの2台もリストアップされてしまいました。
さあ、面倒くさいお仕事の始まりですよ。
ゲームを取り下げます。持って帰ります。契約終了です。という話をオーナーさんにせねばなりません。
状況が状況なだけに別に理不尽な話でもないのですが、こういうお話はすんなりいかないことも多いのです。このときもそうでした。
そもそもこんな可愛らしい洒落たペンションを営むオーナーさんです。いつもはとてもお優しい、穏やかな方でした。・・・が、ゲーム機撤去のお話をした途端、顔色が変わりました。そこから1時間、私は直立不動です。サンドバッグです。「はい、はい」としか言えません。
いえ、こちらも商売ですし契約条項にはなにも違反していないので、「知りませ~ん」といってゲーム機を下げてしまっても良いのですが、そんな心の強さを私は持ち合わせておりません。
実はこのシングルロケーションは私の前任者が開設していたのですが、どうやらそのときに随分ご無理を言ってゲーム機を置かせてもらった経緯があるようなのです。つまり、こちらが頼み込んで置いてもらっていたゲームなのです。その辺りのことをコンコンと説明されるのですが、そんなの私に言われても困るのです。この時期すでにプレイステーションやセガサターンなども発売された後だったので、それを買って置いておいたほうがお客さんもよっぽど喜ぶんじゃないかと個人的には思いましたが、それでも、もうオーナーさんもご納得頂けないようでしたので、「このお話は一旦持ち帰って検討いたします」ということになりました。
で、再検討するのですが、この2台はもう廃棄が決定しているので取り下げるほかありません。そこで他店舗の設置機械や倉庫在庫をなんとか遣り繰りして、このタイプのビデオゲーム機の後継機を2台確保しました。
モニターが18インチから26インチへと大型化して、筐体のサイズも2回りほど大きくなります。ちょっと前、90年代後半から2000年代前半、モニターが液晶に変わる前にもっとも普及したタイプの大きさです。有名なのだとセガ製のアストロシティとかブラストシティとか懐かしい方もおられるんではないでしょうか。あのサイズ。これと入れ替えることになりました。
設置場所は4畳半の狭い部屋なのでなかなか場所を取りますが、他にあるのは雑誌や漫画が置いてある本棚くらいだったので、置けないことはありません。問題は搬入経路です。
地下のプレイルームへのアクセス経路は2箇所。
屋内の階段と、プレイルームの奥にある裏口に直結する外側の階段。屋内の階段は幅も狭く、一般家庭にあるのと同じような途中で一回折り返すタイプの階段です。さらに階段の場所は建物の一番奥。階段の幅も狭く途中で折返しがあるので物理的に厳しそうです。搬入中に壁や床を傷つけてしまいそうです。
外側の階段は地下まで一直線。降りた場所の広さもなんとか確保できそうです。裏口のドアがギリギリで少し不安でしたが、消去法で外側から搬入を試みることにしました。
人数は2名です。私と優秀なバイト君。それだけ。
ビデオゲーム筐体の搬入ごときに人数は費やせません。今回は階段があるので2名ですが、平地ならこんなのは単独作業です。
外側の階段はステップ部分はコンクリートですが、両側の壁は岩です。積んだのか削ったのか知りませんがゴツゴツした岩です。階段を降りていくと洞窟に潜っていく感じ。こんな余計なところもオシャレです。
筐体の前後に分かれて持ち上げて階段を下ろします。一応安全性を考えてより危険な下が私、バイト君は上です。
この搬入体勢、下のほうがきつそうに見えますが、そんな単純ではありません。実は上側の人がきちんと筐体を引き上げながら階段を降りていかないと、全重量が下側の人にかかってしまいます。上の人が非力だったりサボってたりすると、下の人は地獄になります。逆に上の人が頑張ってくれると下の人は支えるだけで良いくらいになります。このときはどうだったかな、そこそこきつかったような気もする。
さて、下側の私は階段をゆっくりゆっくりと半分ほど降りていったとき、突然手から重さが消えました。
???
機械の重さを全然感じない。ふと見ると、機械はそこで止まっている。
「どした?」
聞く私にバイト君の返事は
「どうしたんですか?」
???
なんだこれ?
そーっと手を離すと、筐体はそこに浮いています。浮かんでいます。
「どうしましたー?」
呑気に聞いてくるバイト君の声から察するに、彼が全身全霊で筐体を引き上げているわけではなさそうです。
「ちょっと待って、ちょっと待って!」とバイト君に言って、恐る恐る筐体をチェックしてみます。
挟まっていました。
十分な幅があると思っていた階段ですが、両側の壁はいびつな岩です。場所によって広さが違っていたようです。どうやら最狭部に筐体がハマってしまったようです。うっかりです。
いや、うっかりしている場合ではありません。
「押してみて」
上のバイト君に伝えて、同時に私も渾身の力で引っ張ります。びくともしません。
「ダメだ!戻ろう!」
逆をやってみます。びくともしません。先に押してみたのが逆効果だったのか?ドツボです。
岩と岩に挟まれた70kgはあろうかという金属の箱を前に途方に暮れる2人。押しても引いても何回やってもピクリとも動きません。さあどうしよう。
そこへ「〇〇さ~ん」とオーナーさんの呼ぶ声が聞こえてきました。
ああ、まずい、どうしよう。
ところがオーナーさんは階段の上からひょこっと覗いただけで、
「お疲れさまです。私これから少し出ますんで、自由にやっといて下さいね」
とだけおっしゃって出かけていきました。
ああ、良かった。いつもの優しいオーナーさんだ。
さあ、チャンス。
痕跡さえ消せれば何やってもいいぞ。
いや、泥棒とかいたずらじゃないですよ。搬入の続きの話です。オーナーさんが戻ってくるまでにどんな手を使ってでもプレイルームにこの筐体を運ばねば。入らないにしたってこんな階段の途中にゲーム機を挟んだまま帰るわけにはいかない。最低でも元に戻さないとならない。
「バイト君、上に乗ってみて!」
「はい?」
意味が通じないのも当然でしょう。私はバイト君に「筐体の上に乗れ」という指示を出しました。体重をかけて下に押し込むしかありません。
幸い、幅が狭くなっているのはほんの一部分だけです。岩の一部分だけが出っ張っているようなのです。ここだけ抜けられれば後は何とかなりそうです。バイト君は恐る恐る筐体の上に乗っかります。
だめです、全然動きません。
私は当時も太っていたので私のほうが良いかもしれない。役割を交代したほうが良いかもしれない。でも私の目の前には岩の間に挟まれた大きなゲーム機。筐体の上に出るにはロッククライミングよろしく岩肌をよじ登らなければなりません。それも上手にゲーム機を避けて。そんなこと出来るわけがない。
もう、荒っぽい手段に出ることにしました。最後の手段です。
バイト君にトラックから毛布を持ってきてもらいます。その毛布をバイト君に下にいる私に投げ渡してもらいます。それを受け取ったら折りたたんで筐体の下に敷きました。機械と床を守るためです。
「叩いてみよう!」
「叩いていいんですか?」
そりゃあ聞かれますわね。普段は機械を乱暴に扱うなと言われているのですから。
「いいよ」
いいですよ。どんどんやっちゃってくださいな。
バイト君は2度3度とスレッジハンマーのアクションで筐体の上面を叩きます。下の私は一応そのタイミングに合わせて下に引っ張ります。もう明らかに、特に下側の私は危険なポジショニングをしておるわけですが、麻痺しています。機械が一気に抜けてきたら大惨事です。階段ですからね、ここ。
そんな馬鹿が2人で筐体を痛めつけ始めて何回目でしょうか。筐体がズリっとわずかながら下に滑りました。動きました。
バイト君は叩くのを止めて全力で階段と平行に下に押してみます。思いっきり押します。私は一旦距離を取ります。すると、「ガリガリッ!コンッ」という音とともに、筐体が一段下の階段に着地しました。
抜けました。通過しました。苦労は報われたのです。いや、まだわかりません。ちゃんと動くまでは。
あとは通常の手順です。そっと部屋まで運び入れます。
裏口の扉がまたこれギリッギリだったわけですが、これまでの苦労と比べればなんてことありません。なんてことありませんというか、すでに麻痺していますので、側面をザリザリ擦りながらも中へ入れ込みます。さっきのことを思えば筐体の側面をサッシでザリザリするくらい屁の河童です(人はこうやってだめになります)
筐体を確認すると、予想通り、岩があたったところは傷だらけです。しかし、もともとかなり古い機械です。側面で目に付きにくい部分でもあり、そんなに目立つわけでもありません。それよりも気になるのは、着地したときの「 ガリガリッ!コンッ 」のうちの「コンッ!」の部分です。衝撃が加わっています。基板が壊れていないことを祈りながら恐る恐る電源を入れてみますが、どうやら大丈夫。問題なく動きました。
しかしコレで終わりではありません。搬入は2台です。もう1台あるのです。
階段に戻って筐体にあたっていた部分を確認します。どうやら本当に一部分だけが邪魔になっているようなので、ここだけを避けることが出来れば何とかなりそうです。
壁を削るわけにはいかないので、2回目は該当箇所に差し掛かったときに筐体を少し傾けることでなんとかギリギリ抜けることが出来ました。最初からそうすれば良かったとつくづく思います。後からはなんとでも言えるのですが、挟まるまでそんなこと知らなかったので。
2台とも設置して起動確認、テストプレイを終えた頃、オーナーさんが帰ってきました。
何事もなかったように作業報告をして鍵をお渡しし、ペンションを後にします。
結局このゲーム機、以前の機械の外側が大きくなっただけで中身のゲームは同じなので、売上的には以前と同じ。正直営業的な利は全くありません。つくづく前任者がなんでこれを開設したのか意味がわかりません。
それより何より、今回搬入した機械もいつか取り下げる日が来ます。その時は誰がやるの?俺やだよ。とか思いながら山道を下っていくのでした。
あれからもう20年は経っています。今どうなってるのかな?